事業の沿革 イシ・グロウイング 125年の軌跡

 創業者 石黒兵太郎像 (石黒産業蔵)

1893年 明治26年4月
   富山県石動町(現小矢部市)福町において、米穀商を営む木船屋の九代目・石黒兵太郎が、同町上り屋敷で数年前から北陸鉄道(現JR北陸本線)の建設計画等のニーズをとらえて煉瓦事業に着手し、商号を「石黒商店」とした。また煉瓦の販売促進のため、小規模の煉瓦工事は自店で施工するようになり、この施工部門が石黒組と呼ばれるようになる。
 
1906年 明治39年1月
   創業者の石黒兵太郎死去により、甥の従之が娘婿となって兵太郎を襲名し家督を相続するが、煉瓦事業は当時の幹部であった水牧平助・片岡藤太郎・前田次三郎(いずれも初代)の三人に任された。
明治41年には「石黒商店」の商号登記を行い、商号使用者は水牧平助となる。この頃二代目兵太郎は、事業を当時の幹部三名に委譲し東京に移住、米穀商・北国屋を始める。
 
1920年 大正9年1月
   水牧平助(初代)死去のため、片岡藤太郎(初代)が代表に就任。
 
1922年 大正11年11月
   片岡藤太郎(初代)死去のため、前田次三郎(初代)が代表に就任。
 
1925年 大正14年3月
   水牧平助・片岡藤太郎(いずれも二代目)・前田次三郎(初代)を社員とし、「合名会社石黒商店」を設立する。出資金は各17,500円、計52,500円で、代表社員に前田次三郎(初代)が就任する。なお、シンボルマークは三名の結束を表わす「三ツ輪」を使用する。
 
1930年 昭和5年7月
   商号を「石黒合名会社」に改称する。
 
1933年 昭和8年1月
   前田次三郎(初代)が死去につき、長男の満寿男が次三郎を襲名し、事業継承の幹部に加わる。代表社員に水牧平助(二代目)が就任し、近畿へも進出する。
 
1937年 昭和12年3月
   煉瓦部門を分離独立させ、石黒工業株式会社(現石黒煉瓦工業株式会社)を設立する。
 
1943年 昭和18年4月
 創業50周年を迎える。
 
1946年 昭和21年4月
   セメント・陶管販売部門を分離独立させ、中越産業株式会社(現石黒産業株式会社)を設立する。
 
1948年 昭和23年6月
 建設部門を分離独立させ、石黒建設株式会社(本社・福井市佐佳枝中町)と石黒土木興業株式会社(本社・富山県石動町、現前田建設株式会社)の二社を設立する。
 当石黒建設株式会社は、資本金200万円、代表取締役社長に片岡善夫、同専務に齊藤兵衛が就任し、福井・敦賀・舞鶴に拠点を置く。16日の設立から12日後に、北陸地方を襲った福井大地震(マグニチュード7.1)により、壊滅的な打撃を受けるが、不屈の努力で事業の前進をはかる。なお、シンボルマークは石黒を表わす「六つのクで囲まれた石」を使用する。
 
1949年 昭和24年4月
 代表取締役社長に片岡藤太郎(二代目)が就任する。
 
1952年 昭和27年3月
 代表取締役会長に水牧平助(二代目)、同社長に前田次三郎(二代目)が就任し、富山支店(現小矢部支店)を開設する。
 
1954年 昭和29年8月
   資本金を1,000万円に増資する。
 
1955年 昭和30年4月
   金沢出張所(現北陸支社)を開設する。

1957年 昭和32年2月
   代表取締役社長に水牧平助(二代目)が就任する。
 
1959年 昭和34年4月
   金沢出張所を金沢支社に改称する。
 
1960年 昭和35年3月
   金沢支社を金沢本店に改称する。
 
1961年 昭和36年2月
   代表取締役社長に前田次三郎(二代目)が就任する。4月に福井市志比口町に本社社屋を新築し移転する。
 
1962年 昭和37年2月
   資本金を5,000万円に増資する。
 
1963年 昭和38年2月
   代表取締役会長に前田次三郎(二代目)、同社長に齊藤兵衛が就任し、資本金を1億円に増資する。
  昭和38年8月
   富山営業所(現富山支店)を開設する。
 
1972年 昭和47年12月
   資本金を2億円に増資する。12月に大阪営業所(現大阪支社)を開設し、代表取締役社長の齊藤兵衛が死去につき、長男の副社長・齊藤博が社長に就任する。
 
1976年 昭和51年1月
   東京営業所(現東京支社)を開設する。
 
1977年 昭和52年2月
   資本金を3億円に増資する。
 
1981年 昭和56年3月
   本店を金沢より福井に移し、金沢本店を金沢本社に改称する。
 
1985年 昭和60年4月
   金沢本社を金沢支社に改称する。
  昭和60年11月
   資本金を3億5,040万円に増資する。
 
1986年 昭和61年6月
   第1回私募債(普通社債)を2億円発行し、12月に名古屋営業所(現名古屋支店)を開設する。
 
1988年 昭和63年3月
   社員株主を集約し、社員持株会を発足させる。7月に資本金を4億8,000万円に増資する。
 
1990年 平成2年4月
   福井市西開発に本社社屋を新築(第23回中部建築賞受賞)移転し、代表取締役副社長に齊藤孝夫が就任する。新たにCIを導入、シンボルマークは信頼の輪の拡がりを表わす「三つの連続円」を使用する。
 
1992年 平成4年6月
   商法規定により太田昭和監査法人を選任する。第2回私募債(普通社債)7億円を発行する。
 
1993年 平成5年3月
   資本金を5億円に増資する。
  平成5年4月
   創業100周年を迎える。
 
1995年 平成7年2月
 神戸営業所を開設する。
 
1998年 平成10年6月
   創立50周年を迎える。
 
2000年 平成12年12月
   名古屋支店を名古屋支社に昇格する。
 
2001年 平成13年1月
 代表取締役会長に齊藤博、代表取締役社長に齊藤孝夫が就任する。金沢支社・小矢部支社がISO9002認証取得する。
  平成13年6月
   執行役員制度を導入する。
 
2003年 平成15年7月
   北陸支社を金沢市に新設し、小矢部支社を小矢部支店に改称する。
  平成15年11月
   ISO9001全社統合する。
 
2004年 平成16年3月
   ISO14001全社統合する。
  平成16年10月
   千葉営業所を開設する。
 
2008年 平成20年3月
   日新建設鰍フ社名を石黒工建鰍ノ改称し、本社を小矢部市に移転する。
平成20年5月
   敦賀支店を敦賀営業所に変更する。
 
2009年 平成21年7月
   東京本社を廃止し、福井本店・東京本店を福井支社・東京支社に改称する。組織再編により名古屋支社を名古屋支店に改称する。
 
2014年 平成26年6月
   代表取締役副会長に齊藤孝夫、代表取締役社長に善木則夫が就任する。千葉営業所を閉鎖する。
 
2015年 平成27年2月
   神戸事務所を閉鎖する。
 
2016年 平成28年4月
   小矢部支店を小矢部営業所に改称する。
  平成28年6月
   代表取締役会長に佃政春が就任する。
 
2017年 平成29年4月
   代表取締役会長に齊藤博が就任する。
 M&Aにより、青木建設鰍子会社化する。
  平成29年7月
   「平成29年度 工事成績優秀企業」の認定を国土交通省北陸地方整備局より受ける。
 
2018年 平成30年4月
   創業125周年を迎える。
  平成30年6月
   創立70周年を迎える予定。
 

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